大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和63年(行ケ)22号 判決

一 請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本願発明の要旨)及び三(審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。

二 そこで、原告主張の審決の取消事由の存否について判断する。

1 成立に争いない甲第二号証(願書添付の明細書)及び第三号証(昭和六一年一月一七日付け手続補正書)によれば、本願発明の技術的課題(目的)、構成及び作用効果は次のとおり認められる。

(一) 技術的課題(目的)

本願発明は、単色光源の強度を画信号により制御し、単色光源の光路に設けた音響光学的変調器により、複数の素線から成る走査線に沿つて画信号を記録担体に記録する場合に生ずる走査線構造の発生防止方法に関する(明細書第四頁第一八行ないし第五頁第二行)。

テレビジヨンなどの画像再生あるいは報道写真、天気図などの伝送の場合、画を走査線に沿い走査して画信号を得、これを記録するが、この記録方式には、エネルギビームのガウス分布と走査線との間の間隔が原因となつて走査線構造が顕出する欠陥がある(同第五頁第三行ないし第一六行)。すなわち、隣接する走査線がビーム幅と比較して十分離れておれば、画情報を良好に分離できるので画をシヤープにすることができるが、走査線ごとに変動する明るさが目について不自然である。一方、走査線の間隔をビーム幅より狭くし重ね合わせれば、走査線ごとの明るさの変動を低減することができるが、この方法では画のシヤープ度を損なう(同第五頁第一七行ないし第六頁第五行)。

本願発明の技術的課題は、右欠陥を解消し、画のシヤープ度を損なうことなく走査線構造の顕出を完全に防止し得る方法を提供することにある(同第八頁第三行ないし第六行)。さらに、この種の画記録においては、走査線構造を顕出させない状態で、走査線の幅を連続的に調節できるようにすることが望ましい(同第八頁第二〇行及び第九頁第一行)。

(二) 構成

本願発明は、前記課題を解決するために、その要旨とする構成を採用しものである(明細書第九頁第三行ないし第一二行、昭和六一年一月一七日付け手続補正書第二枚目第四行ないし第七行、同第三枚目第一行ないし第一八行)。

FIG.1は、公知技術に関する図であつて、三本の走査線A~Cにわたる記録ビームの光強度分布を示しており、記録ビームのエネルギはガウス分布に従つている。記録ビームの一部分は重なり合うが、重なり合う箇所における光強度は記録担体の露光閾値Sを下回る(明細書第一〇頁第四行ないし第一三行)。

FIG.2は、本願発明における一走査線(ただし、記録ビームを五本の部分光ビームに分割した場合)の光強度分布を示すものであつて、部分光ビームに分割する際に印加する周波数f1~f5の電圧u1~u5をaに、光強度l1~l5の部分光ビームのエネルギ分布をbに示す。五つの部分光ビームを加算することによつて得られるエネルギ曲線l0は露光閾値Sを上回る。部分光ビームへの分割により生ずる走査線のエネルギ上昇縁は、FIG.1のように分割しない記録ビームを用いて走査する場合に生ずるガウス分布に従つたエネルギ上昇縁と比較して、格段に急峻である(同第一〇頁第一五行ないし第一一頁第八行、昭和六一年一月一七日付け手続補正書第二枚目第八行ないし第一〇行)。

FIG.3は、複数の走査線が隣接する場合の記録ビームの光強度分布を示している。走査線Z1が黒、走査線Z2が白、走査線Z3、Z4が黒と仮定すると、走査線Z3と走査線Z4との間の移行領域では、光強度が露光閾値Sを上回るから、走査線構造は顕出しない(明細書第一一頁第九行ないし第一四行)。

FIG.4は、記録ビームを三本以上の部分光ビームに分割する装置の実施例である。オシレータ1~3はそれぞれ相異なる周波数fA、fB、fCを発生するが、右周波数fA~fCはポテンシヨメータPA~PCを用いて調節することができ、これによつて走査線の幅を調節することができる(同第一一頁第一五行ないし第一二頁第二行)。FIG.2~FIG.3から明らかなように、走査線の幅はオシレータ数及びオシレータの周波数の間隔によつて定まる(同第一二頁第四行ないし第六行)。

オシレータ1~3の出力電圧はAM変調器7の入力側Lに加わる(同第一二頁第一〇行ないし第一二行)。端子12からは画信号が加わり、端子12はAM変調器7の入力側Xに接続され、これによつてAM変調器7の入力側Xで電流が制御される。AM変調器7の出力側Rに生ずる信号は高周波出力増幅器14に加わり、高周波出力増幅器14の出力信号は音響光学的変調器15に加わる。音響光学的変調器15は、レーザ源16から到来する単色光ビーム17を偏向、分割する。音響光学的変調器15によつて分割された部分光ビームは、光学系を介して記録担体18に指向される(同第一二頁第一七行ないし第一四頁第二行)。

音響光学的変調器15の効率は周波数に依存するから、励振エネルギが同じであれば、中心周波数の両側の周波数において中心周波数より若干小さい光強度を生ずるが、オシレータ1、2、3にそれぞれ設けられたポテンシヨメータP1~P3を用いて励振エネルギを適当に調節すれば、個々の走査線領域内における明るさを均一にすることができ、不都合を回避することができる(同第一四頁第六行ないし第一六行)。

(三) 作用効果

前記のように、本願発明の部分光ビームを合成することによつて得られるエネルギ曲線は常に露光閾値を上回るから、走査線の移行領域において走査線構造が顕出することを確実に防止し得る(同第一一頁第一行ないし第三行、第一二行及び第一三行)。

2 一方、成立に争いない甲第六号証によれば、引用例記載の発明は従来例とは異なる新規な網目画像走査記録方法を提供するものであると認められる(別紙第二図面参照)。

すなわち、この方法は、第1図に示されているように、レーザー光源1からの入射光ビームI0を超音波偏向素子2により複数個の部分光ビームI1~I4に分岐し、それらの光ビームをレンズ3で絞ることによつて所要径の光点4の列を形成して、該光点4の列を感光材料5と相対的に移動させながら画像信号に応じて各光点4を適宜点滅させることにより網点を形成させて、網目画像を走査記録するものである。そして、右超音波偏向素子2とは、第3図に示されているように、並列的に付与された異なる周波数を有する複数の音響信号f1~fnがそれぞれの周波数に対して異なる角度に偏向する音響光学素子であつて、入射光ビームI0は、同時に複数の部分光ビームI1~Inに分岐されるのである。

したがつて、一本の入射光ビームを複数の部分光ビームに分割することは、本件優先権主張日前に公知であつたことが明らかである。

3 しかしながら、引用例には、本願発明の要件a、すなわち部分光ビームが互いに重なり合うようにすることが開示ないし示唆されているとは認められない。

詳説すると、第4図についての説明(第三頁右上欄第一二行ないし左下欄第一一行)には、光点の列を適宜点滅させながら走査して一個の網点を露光形成する方法が示されているのみであつて、感光材料を走査する各光点を重ね合わせることについては何ら触れられていない。第8図についての説明(第四頁左下欄第八行ないし右下欄第七行)には、走査方向と交差する方向に配列された複数個の光点によつて網点を形成する際に網点の輪郭に沿つて生ずる凹凸をなくすために、ある光点を網点の輪郭に沿つて点灯しながら移動させ、輪郭内は前記第4図と同様に各光点を走査方向に点灯しながら移動させて未露光部分をなくす方法が示されているのみであつて、各光点を重ね合わせることについて示唆するところは何ら認められない。また、第10図についての説明(第五頁左上欄第一八行ないし右上欄第五行)は、網点の輪郭に沿つて生ずる凹凸をなくすための他の方法に関するものであつて、ある光点を、光点列の光点間隔の半ピツチ分だけ網点の輪郭に沿つて異動させた上で走査方向に走査した後、再び光点列の光点間隔の半ピツチ分だけ網点の輪郭に沿つて戻して網点を形成することが記載されている。右方法によれば、網点の輪郭部においては光点が重ね合わされることになるが、それは時間的にずれて重なり合うものであつて、部分光ビームが同時に重なり合う本願発明とは技術内容を異にするといわなければならないし、そもそも輪郭部以外は光点を重ね合わせる走査が行われないのであるから、右記載によつて、走査線構造の顕出を防止するために部分光ビームを重ね合わせることが示唆されているということはできない。

なお、引用例第三頁左下欄第一二行ないし右下欄第六行及び第六頁左上欄第一九行ないし右上欄第九行によれば、引用例記載の発明によつて光点の数を簡単に増加でき適正画像を得られることは認めるに十分であるが、引用例には光点の数と走査線構造の相互関係については何ら記載されていないし、単に光点の数を増加すれば走査線構造の顕出を防止し得るものでないことは自明の事項である。

以上のとおりであるから、走査線が画信号を記録するものである以上走査線構造が生じないようにすることは当然に要請されるとの一事のみから、本願発明の要件aを単なる設計事項であるとした審決の判断は、合理的根拠を欠き、誤りというべきである。

4 この点について、被告は、昭和四七年特許出願公開第三七〇三〇号公報(乙第一号証)を周知例として援用し、周知例には多数の同時走査ビームを用いて情報を記録する方法において互いに接して配置された光エレメントを周波数を選択することによつて互いに重なり合うように配置することが開示されていると主張する(別紙第三図面参照)。しかしながら、周知例に記載された技術的事項が本件優先権主張日前に周知であつたか否かはさておき、周知例には光エレメントを互いに重なり合うように配置することが開示されているということはできない。

すなわち、成立に争いない乙第一号証によれば、右公報に記載された発明は、音響光学的走査装置及び方法、詳細には、貯蔵された情報の図的表示を記録することができるような多数の同時走査ビームを発するための音響光学的走査装置及び方法に関するもので(第一頁右下欄第一二行ないし第一五行)、これを具体化する装置系を示すFIG.5において、コンピユータ等の情報源100から所望の出力された文字情報は文字発生装置104に入力され、文字発生装置104は、右文字情報を、FIG.6のような印刷されるべき文字の垂直な線150の七個の光エレメントを表す七個の出力から成る出力フオーマツトに変換すること(全体的な文字のフオーマツトは152で示され、光エレメント149の五×七マトリツクスを含んでいる。)、文字発生装置104から出力された七個の情報チヤンネルは、発振装置106a~106gにより電気的搬送波の周波数に変換されるが、前記文字発生装置104によつてオン・オフ制御され、音響光学的セル26を経て走査装置116に入力されることになり、光エレメントの列はFIG.6の154で示される水平方向に走査されることが認められる(第七頁左下欄第一四ないし第九頁左下欄第一〇行)。そして、被告は、周知例の第九頁左上欄第四行ないし第七行の記載、及び右上欄第二行ないし第一一行の記載を援用しているところ、第九頁左上欄第四行ないし第七行、すなわち「エレメントの何れの一つの位置もそれを作る周波数の函数であり、対応する発振器の周波数を変えることにより調節され得る。」との記載からすれば、周波数の調節によつてエレメントの偏向位置を調節でき、その調節の一態様としてエレメント間の重なり合いもあり得ることは否定できないところである。しかしながら、第九頁右上欄第二行ないし第一一行のうち、「周波数は実施者の望みに応じ光149の別々の画然と分離したエレメント又は選択的に重なり合つたエレメントを作る。」あるいは「光エレメントは写真的貯蔵媒体の如き受入手段の上に分離される如く又は重なり合う如く、或いは又一部が分離され他はものが重なり合う如く配置され得る。」における「重なり合つた」あるいは「重なり合う」が、何を意味するかは直ちに理解し難い。すなわち、FIG.6において150で示される垂直方向の光エレメントの重ね合わせは前記のとおり技術的には可能であると考えられるが、154で示される垂直方向の光エレメントの重ね合わせは、光エレメントの偏向位置が同じになつてしまうため、周波数の調節によつては不可能というべきである。そして、周知例記載の発明においては、文字の高さに対応する一並びの光エレメントが同時に発せられ(第三頁右下欄第九行及び第一〇行)、五×七、七×九、一二×一六等のマトリツクスが出力されるのであるから、周知例記載の発明はもともと光エレメント同志の重ね合わせを意図していないと考えざるを得ないのである。したがつて、被告が援用する周知例は、本願発明の要件aを単なる設計事項であるとした審決の判断は誤りであるとする前記認定、判断を左右するものではない。

5 以上のとおりであつて、審決は、相違点<1>の判断を誤つた結果、本願発明は引用例の記載に基づいて当業者が容易に発明をすることができたと誤つて判断したものであつて、その余の取消事由の存否を検討するまでもなく違法であるから、取消しを免れない。

三 よつて、審決の違法を理由としてその取消しを求める原告の本訴請求は正当としてこれを認容することとする。

〔編注1〕本願発明の特許請求の範囲第1項に記載された発明の要旨は左のとおりである。

単色光源の強度を画信号により制御し、単色光源の光路に設けた音響光学的変調器により、複数の素線から成る走査線に沿い、記録担体に画信号を記録する場合に生ずる走査線構造の発生防止方法において、

単一周波数の超音波の混合周波数により音響光学的変調器を励振して、音響光学的変調器の入射ビームを、個々の超音波の単一周波数に相応して生ずる部分光ビームに分割し、これら複数の部分光ビーム全体が走査線幅を形成するようにし、部分光ビームが互いに重なり合うように超音波の単一周波数を設定し、個々の走査線における光強度分布が均一であるように超音波の振幅を設定し、部分光ビームの光強度の合成曲線が常に露光閾値の上方にくるようにすることを特徴とする。画記録の際の走査線構造の発生防止方法。(別紙第一図面参照)

〔編注2〕本件における図面は左のとおりである。

別紙第一図面

<省略>

<省略>

<省略>

<省略>

別紙第二図面

<省略>

<省略>

<省略>

(以下省略)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!